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古代の船(2)
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作成日時 : 2006/01/15 10:17
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先に縄文時代と弥生時代に係る
丸木船
の概要をご紹介しましたが、特に弥生時代には大陸との交通があり、国内でもある程度の沿岸航海が行われていたと考えられます。しかし、前回も述べましたが、このような場合に利用された筈の大型船が発見されていません。ただし、弥生時代になると各地から出土した
土器
や
銅鐸
に船が描かれています。例えば弥生時代後期のものと推定される銅鐸の1つ(福井県春江町出土)に、船首尾がゴンドラ形の船が鋳出されていて、それに多数の
漕手
と
櫂
が表現されています。これにより同時代にはかなりの大型船が利用されていたと思われます。このような大型船になると単材刳船として造ることは不可能で、恐らく2材以上の刳船で構成した船体(複材刳船)の両舷に高い舷側板を設け、積載量の増大と耐航性の向上を図った船を造ったと推定されます。
右画像は宮崎県西都原古墳出土の「
船形埴輪
」(東京国立博物館蔵)ですが、上述の銅鐸の船はこの埴輪のような構造の船だったのではないかと考えられます。弥生時代にはこのような船が、沿岸航路や壱岐・対馬を経由して大陸渡航路に使用され、縄文時代よりも相当進んだ航海を行ったと考えられます。
以上のような刳船の上部に舷側板を設けた構造の船を造船史上では「
準構造船
」と呼んでいます。これは刳船から自然発生的に発展した形式の船で、日本ではこれ以後13〜4世紀に至るまで、造船技術の主流を占めました。例えば当ブログの[平安・鎌倉時代の和船(2)]でご案内したように、当時の一般廻船(荷船)や
弘安の役
に係る日本軍船の1部に準構造船が含まれていたと推定されています。
ところで、弥生時代を経て「
古墳時代
」になっても、小型船は相変わらず単材刳船のままでした。ただし、船材は鉄製工具の活用により、松・樟・杉・檜などが広く使われるようになっています。そして、単材刳船でも船首尾を反り上げるゴンドラ形が普及したようです。
なお、準構造船技術が定着した後も、小型船の分野では単材刳船が、奈良・平安・鎌倉という後世でも引続き主流に止まりました。その理由としては、一つには日本が森林国で船材が豊富だったこと、二つには準構造船や構造船(例えば先に述べた弁才船など)のような接合部がないため腐食し難く、長期間(耐用年数100年超)の使用に耐えることが挙げられます。
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