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前回ご案内した「シマ03」船団は、マニラに向かう途中で米狼群潜水艦の餌食になり、残念ながら貴重な軍需物資の輸送は失敗に帰しました。その当時の昭和19年(1944)11月中旬頃はフィリピン攻防戦が酣で、これを有利に展開させるため、中国大陸などから増援部隊を乗せた船団が陸続としてフィリピン方面に急行していました。 一方では武器弾薬、燃料や糧秣などを満載した船団が、先のシマ03船団などとして、次々とシンガポールからマニラへ向けて軍需物資の輸送が行われたが、今回以下で紹介するものも、同じ目的に携わった船団例です。 「シマ05」船団: まにら丸(大阪商船) 大正4年(1915)に建造された貨物船(在来型)で、その要目は長さ145m、幅19m、主機3連成レシプロ機関7991馬力、最高速力16.3ノット、総トン数9486トン 本船については[こちら]も参照下さい たすまにあ丸(国際汽船→岡田商船) 大正8年(1919)に建造された貨物船(在来型)で、その要目は長さ109m、幅15m、主機3連成レシプロ機関3272馬力、最高速力14.2ノット、総トン数4105トン 本船については[こちら]も参照下さい 第5真盛丸(原商事) 1919年(大正8)にアメリカで建造された貨物船:Lako Onawaで、大正15年(1926)に原商事が輸入して第5真盛丸と改名したもので、その要目は長さ(垂線長)77m、幅13m、主機3連成レシプロ機関1750馬力、最高速力12.4ノット、総トン数2599トン 本船については[こちら]も参照下さい あやなみ丸(石原汽船) 昭和19年(1944)に建造されたタンカー(2TM型戦時標準船)で、その要目は長さ99m、幅14m、主機2段減速蒸気タービン1200馬力、最高速力11.7ノット、総トン数2864トン(画像は同型船) 以上の4隻で編成されたシマ05船団は、昭和19年(1944)11月18日06:45、海防艦・倉橋、第31号、第32号及び駆潜艇・第56号の護衛の下、シンガポールを発してボルネオ・ミリを経由してマニラへ向かいました。 1番船まにら丸の積荷は航空ガソリン2万缶、自動車用ガソリン5906缶や弾薬などという、極めて危険度の高い軍需品ばかりであったが、他の3隻の輸送船にも武器弾薬、燃料や食料などを満載して出航、寄港地ミリへ無事到着しました。 船団はミリで整備を済ませた後、当地を11月24日17:10、最終目的地のマニラへ向け出航北上したが、当該航路はあたかも台湾からフィリピンへ南下するルソン海峡と同様、米潜水艦が蛆集し先のシマ03船団が遭難した事から明らかであったが、敢えて危険水域を突破せざるを得ませんでした。 そこで船団は知り得た敵潜の諸情報を勘案し、最も安全と考えられる新南群諸島寄りのコースを進む事に決定しました。出港後各船において見張を厳重にし、護衛艦は輸送船を取り巻くように索敵行動をとりながら船団を指揮しました。 緊張のうちに夜が明けた翌25日05:36、突如、「まにら丸」の右舷第4番艙に魚雷が命中爆発し瞬時に大火柱を噴き上げ、続いて第2弾が右舷第2番艙に命中、またしても大火柱が上がりました。船砲隊は直ちに右前方に対し連続射撃を開始、敵潜の制圧に努めたが、1分半後に第3弾が第1番艙に命中、炎は猛烈を極め船体は3ヶ所の破孔から奔流する海水のため、次第に沈没の様相を呈し始めました。船内は衝撃と大火災とにより死傷者が続出、巨大な火柱が高く舞い上がり、艙内では燃料や弾薬が誘爆を起こし、本船は多数の重傷者たちを道連れにして、被雷後わずか3分50秒で沈没しました。その地点はミリ北西200キロメートル(北緯05−42、東経113−15付近)で、乗組員98名、船砲隊47名及び便乗者4名が戦死しました。 シマ05船団の残りの3隻は、幸い敵潜の攻撃を辛うじてかわして、無事マニラに到着し任務を遂行しました。しかしながら、「第5真盛丸」と「たすまにあ丸」は先に[こちら]などで述べた多号作戦(レイテ特攻輸送作戦)において、それぞれ第8次作戦と第9次作戦に携わり、共にレイテ島西岸でその生涯を閉じました。 「あやなみ丸」の終焉: マニラよりシンガポールへ向け回航中、機関故障を生じたためサイゴンへ寄港、同地で修理中の昭和20年(1945)1月12日、08:50頃より米機動部隊の艦載機による空爆を受け、1〜2回目は撃退したものの、3回目の約30機と交戦中の15:30頃に右舷中央部に直撃弾1発、至近弾多数を受け浸水のため18:20頃沈没(乗組員16名、警戒隊2名戦死) |
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